星美学園短期大学 学長 阿部健一
「やまゆりの思い出」
私の記憶の中にある最初の花の思い出は、母が作った小さな花壇です。
3歳の頃、両親が住み込みで働いていた日暮里から谷中の小さな家に引っ越しました。(リヤカーに、私と布団とアイロンを乗せて、父が前になり、母が後になって、寛永寺坂をゆっくりと登っていく夕暮れの情景は、なぜか切ない思い出として残っています。)
その家は、六畳の和室と三畳の土間だけの、路地奥の小さな家でしたが、裏には日当たりのよい小さな空き地がありました。そこに、母が小さな花壇を造ったのです。そこに咲いた花たちを見たとき、うれしさで一杯になりました。それが、私の人生の、最初の花の思い出です。
私の人生の中で、最強の花の思い出は、祖母が摘んだやまゆりです。理由は、そのやまゆりが、祖母の、健ちゃん(私)への愛情そのものだったからです。
父の実家が秋田の山間にある農家で、私は、小学生のころから大学生の頃まで、夏休みの何日かを父の実家で過ごしました。
私が訪れるたび、祖母は、一本の大きなやまゆりをガラスの花瓶に飾ってくれました。そのやまゆりは、日当たりのよい山道の端に、毎年、大輪の花を咲かせていました。それを、祖母が、私のために摘んできてくれるのです。
が、実は、その立派なやまゆりが、私は、大の苦手でした。その香りが、私には、キツすぎたのです。
「飾ってほしくないな」
これが正直な思いでしたが、そんなこと祖母には言えませんでした。
「健ちゃんは、お花が大好きだ。あの立派なやまゆりを飾ってあげたら、健ちゃんは、きっとよろこんでくれるに違いない」
もう、そう信じきって、私のために飾ってくれるのですから。
あのやまゆりは、今、どうしているのでしょうか。今も、健ちゃんのために自分を摘みに来る“ばっぱ”を、夏の日差しの中で、待っているのでしょうか。
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