02_学長メッセージ

2023年1月17日 (火)

【学長からのメッセージ2023.1】「まあ、いいか」について(結婚編)

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星美学園短期大学 学長 阿部健一


 成育歴も違い、性格や好みも違う者同士が一緒に生活を始めるのですから、結婚生活は、「まあ、いいか」の、最適な修行の場になるのかもしれません。

独身時代:自分の作った味噌汁がしょっぱかった。お湯を少し沸かして、薄めて飲む。

新婚時代:妻が作った味噌汁がしょっぱかった。

全然気にならず、感激して飲み切る。

結婚10年目:妻が作った味噌汁がしょっぱかった。

具だけ食べて、汁はこっそり捨てる。

結婚20年目:妻が作った味噌汁がしょっぱかった。

「当てつけ」ととられないかと恐れながら、自分で、お湯を少し沸かし、薄めて飲む。気づいた妻が、「あら、しょっぱかった。ごめんね」とほほ笑む。

結婚30年目:妻が作った味噌汁がしょっぱかった。

いつものように、普通に、お湯を少し沸かして、薄めて飲む。妻は、いつものように、普通に、何事もなかったかのようにしている。

こうして、二人の修業は、完成の域に至る。(終わり)

(お断り:ここに登場する夫婦は、フィクションです。)


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2022年12月12日 (月)

【学長からのメッセージ2022.12】「まあ、いいか」について(前々回からの続)

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星美学園短期大学 学長 阿部健一


 「一本、もらえるかな?」と、私が仲間に加わった彼女らは、みんな高校時代に「特別に“目を付けられてきた”」学生たちでした。不思議なことに、みんな出身高校は違うのに、「類は友を呼ぶ」の言葉どおり、この専門学校で出会い、仲間になったのでした。

「教師」に対する強い不信感から、教師に対しては、文字通り、心も体も“斜に”構えていて、授業はやりにくく、学生たちに対しては、“みんな、なに真面目にやってんの?”みたいな雰囲気を醸し出して、なんとなく、クラス全体の学習意欲の足を引っ張るような存在でした。

それが、2年生になると、誰もが認めるほどの、学習意欲満々の別人に変わってしまったのです。

私は訊きました。

「みんな、2年生になって変わったよね」

彼女らは、あっけらかんとして応えました。

「そうだよ。だってこの学校、私たちの服装や髪型のことなんて、何にも言わないじゃない」

この学校は、自分たちを受け入れてくれている、「ここは、私たちの学校だ」と確信できたということなのではないかと思います。

別人のようになった彼女たちが、2年生の後期に、ある事件を起こしていたことを、何年もたってから、彼女らの同級生から聞ききました。

ある非常勤の先生に対し、「おい!お前!今、阿部先生について、なんか言っただろう!ふざけんじゃねえよ!」と、椅子を蹴って教壇に走り、その先生を吊し上げたというのです。

「あれ、あれ、学習態度は変わっても、気性は変わらなかったな」と微笑んでしまいましたが、でも、そんな彼女らも、人生の旅路で修行を積みながら、“一途さ”という彼女ららしい美徳を保ちながら、きっと、すばらしい大人になっていくだろうなと思いました。

彼女らの名前も顔もどこかに行ってしまいました。ただ、出来事だけが、今も生きています。


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2022年11月15日 (火)

【学長からのメッセージ2022.11】「まあ、いいか」について(前回の続き編)

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 星美学園短期大学

 学長 阿部健一


 「一本、もらえるかな?」・・・その言葉が私の口をついて出たのは、多分、凍りついている彼女たちを救い出したかった、そして、心配しなくても大丈夫、敵じゃないんだと伝えたかった・・・そんな気持ちからだったと思います。

 この一言で、空気が一転しました。

 彼女たちの顔が、途端にパッと変わり、嬉しそうに、みんなで、「いいよ、いいよ」と言いながら、私のために場所を空けてくれました。そして、自分たちのことを話し始めました。ときに、ポロポロと涙を流しながら。

 彼女たちは、いわゆる「ツッパリ(今や死語?)」系でした。高校生時代に、「先生たちから、特別に”目“をつけられてきた」ということで、”先生“というものに対して、強い不信感を身に着けていました。

 彼女たちと何を話したかは、すっかり忘れてしまいましたが、私の中に、強い、ある印象を残しました。それは、「この学生たちは、何て気持ちが優しいんだろう!」という印象でした。そして、その印象は、私の中に、ある考えを生み出しました。

 「『ツッパリ』系の学生は、『お利口さん』系の学生より、人の情においては、優っている」・・・もちろん、私の独断と偏見です。しかし、あの日の彼女たちは、この独断と偏見を、私に植え付けてくれたのでした。

(前回お約束した「彼女たちは、なぜ変わったのか」については、次回に少し触れさせていただきます。)


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2022年10月11日 (火)

【学長からのメッセージ2022.10】「まあ、いいか」について(懐深し編)

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 星美学園短期大学

 学長 阿部健一


 未成年の若者たちがタバコを吸っていた。そこに教師がやってきて、「一本もらえるかな?」と、一緒に談笑を始めた。そんな教師がいたらどう思いますか?きっと、“ありえない”と思うにちがいありません。ところが、いたのです。そんな教師が。私でした。

***

 ある専門学校に勤めていたときの、昭和時代の話です。当時、その専門学校は、女子のみの2年課程(入学定員50名)でした。1年次が終わる2月に、3泊4日の研修旅行があり、校長とクラス担任が引率をしていました。校長が引率するのは、この行事への責任を負うお気持ちが強かったからだろうと思います。

***

 「一本もらえるかな?」事件は、研修旅行中の出来事でした。多分、何か事情があったと思いますが(忘れました)、その時の研修旅行は、クラス担任の私のみの引率でした。

 私がある部屋(和室)の戸を開けると、数人(たしか4名くらい、顔も名前も忘れました)の学生がたばこを吸っていたのです(その部屋の戸を開けるに至った経緯も忘れました)。突然の私の出現に、学生たちはおびえるような目で私を凝視し、固まってしまいました。その状況の中で、私は、言ったのです。

 「一本、もらえるかな?」

***

 研修旅行から帰ると、さっそく校長室に呼ばれました。校長から、真っ先に、学生たちの様子を聞かれました。私は、名前を挙げて、学生が部屋で喫煙していたことを告げました。

 校長は、それを聞いて、私に尋ねました。

 「で、阿部君は、どうしたんだい?」

 私は、答えました。

 「『一本、もらえるかな?』と言って、仲間に入りました」

 校長は、一瞬言葉に詰まったようでした。が、すぐに苦笑いしながら言いました。

 「まあ、阿部君がそうしたんじゃ、しかたないよな」

 翻訳すると「阿部君のしたことは掟破りだけれど、阿部君がそれを良しとしてやったことであれば、しかたないよな」ということです。

 校長の懐の深さを感じた出来事でした。

***

 なぜ、「一本、もらえるかな?」と言って学生の輪の中に入っていったのか(もちろん、タバコがほしかったわけではありません)、そして、その結果、何が起こったのか・・・次回、お話ししたいと思います。


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2022年9月12日 (月)

【学長からのメッセージ2022.9】「まあ、いいか」について(教師編)

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星美学園短期大学

 学長 阿部健一


 25年くらい前の、ある専門学校に勤めていたときの話です。その専門学校は、男女共学で、保育士と介護福祉士を養成していました。

 服装・髪型は自由でしたので、高校を卒業したばかりの新入生は、お花畑のように色とりどりの髪でキャンパスを行き交うのでした。しかし、それも、最初の実習が始まるころには落ち着いて、みな元の黒い髪に戻っていきます。なぜなら、髪を染めているだけで、実習先からマイナス評価を受ける可能性が、当時は、あったからです。そのため、先生方は、実習が近づくと、髪の毛の色を元に戻すよう指導していました。もちろん、髪を黒くしなくても実習に行くことはできます(髪の毛の色で実習ができないなどあり得ないので)。しかし、学生たちは、みな、先生方の勧めに従って髪の毛を黒に戻していたのでした。

 ところが、その指導に従わない学生(男子)が現れました。大胆にも、黄色い髪のままで実習に行くというのです。理由は、要するに、「黄色の髪が黒くなってしまったら、『自分』ではなくなるから、黒い髪にはなれない」ということでした。私は、この学生からとても大切なことを学びました。それは、髪の毛の色は(多分、髪形も服装も)、その人にとっての『自分(人格)』なのだということです。そう考えると、他人から髪の色や服装を強制されたときに、自分という人間(人格)が侵害されたと感じる人がいても、けっしておかしくはないのです。

 「その髪の色は、相当なハンディになるかもしれない。だから、実習態度でそのハンディを跳ね返すしかない。人より余計に、頑張るように」と話して、彼を実習に送り出しました。

 実習中、実習先を訪ねました。保育園の先生方からとても良い評価を受けていました。彼は、真摯に頑張ったのです。


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2022年7月11日 (月)

【学長からのメッセージ2022.7】「まあ、いいか」について(最強編)

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星美学園短期大学

学長 阿部健一


 「まあ、いいか」最強編・・・と言っても、あくまで私個人にとっての最強編であることをお断りしておきます。

 私が小学校2年生の時、3年生のN君、5年生のM君と一緒にハゼ釣りに行きました。干潟につくと、まず、ハゼ釣りの餌となるゴカイを取ります。ゴカイというのは、ミミズを平たくして毛を生やしたような虫で、干潟に穴を掘って住んでいます。その穴を目当てに干潟を掘り返して、ゴカイをつかまえます。これは、遊びにもならない単純作業で、ハゼを釣るための苦行です。

 ふと、手を休めて周りを見ると、N君は、全然ゴカイを取っていないのです。「N君も、ゴカイとってよ」と言っても、まったく無視です。私は、だんだん腹が立ってきました。そして、M君に言いました。

「N君は、全然ゴカイを取らないんだから、釣りさせないようにしようよ」

 その時、M君だって思いは一緒と、完全に思っていました。

 M君は、明るい声で、私の目を見て言いました。

「いいじゃない。みんなでしようよ」

 思いがけない言葉に、返す言葉を失いました。そして、自分の言ったことが、なんだか無性に無性に恥ずかしくなりました。この時受けたショックは、その後の私の生き方にも影響したように思います。そういう意味で、M君の「まあ、いいか」は、私にとっては、最強なのです。

 私が40代のころの出来事です。夜遅い電車の吊革につかまっていました。と、突然、隣の若い女性が首を下に傾け、嘔吐したのです。吐瀉物が、真正面に座っていた、身なりの良い、60代と思われる男性の膝の上に飛び散りました。

 男性は、ハンカチを取り出して、膝の上の吐瀉物を丁寧に拭い始めました。その後の場面は、まったく記憶に残っていないのですが、その男性が、少しも動じることなく、静かに吐瀉物を拭っている姿だけが、なぜか強烈な印象として残っているのです。

 多分、自分もそうありたいと思ったのかもしれません。無理だとは思いますが・・・。私にとっては、その紳士の行動は、今日までの、最強の「まあ、いいか」になりました。

(次回、8月号は、お休みです。)


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2022年6月14日 (火)

【学長からのメッセージ2022.6】「まあ、いいか」について(自分編)

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星美学園短期大学

 学長 阿部健一


 日々を、おおむね「まあ、いいか」で過ごしている私なのですが、「まあ、いいか」で思い出せる体験は、たった1つしかないことに気づきました。

 ずーっと前の、あるクリスマス・イブ。私は、「降誕祭夜半のミサ」に参加するため、車で、職場(星美ではありません)から教会に向かっていました。その途中で、急に車線変更してきた車にぶつけられてしまったのです。相手は、痩せた年配の男性で、「ごめんなさい。許してください」としきりに頭を下げるのです。つまり、「どうか見逃してください」ということなのです。世の中のルールとしては、見逃してはいけないのだけれど・・・と少し躊躇しましたが、ここで警察を呼んだりしたら、ミサに出られなくなってしまうと思い、「わかりました。いいですよ。行ってください」と言ってしまいました。車のことより、ミサ優先だったわけです。この優先順位は、私が、車のキズを余り気にしない人種だということも大いに関係していたと思います。

 人の車にぶつけたことがあるかというと、あります。2件も。しかし、運良くというか、奇跡的にというか、2件とも「事件」になりませんでした。つまり、相手の人が「たいしたキズじゃないからいいですよ」と言ってくれたのです。2件とも。その2つの車には、共通点があって、すでにキズのある車でした。つまり、私が事故を起こした相手方は、2名とも、私と同じ、「車のキズ?まあいいか」族だったのです!!

 クリスマス・イブにぶつけられた私の車は、どうなったのでしょうか。明るいところで見ると、意外とキズがクリアーで、家族から「みっともない」という大ブーイングが沸き起こりました。仕方なく修理しました。かなりの出費でした。でも、残念に思ったり、後悔したりすることはありませんでした。私の識別の結果、そうなってしまっただけのことであり、その識別が間違っていたとも思えなかったのです。


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学長が語る 障がい児保育
第1回~第8回(最終回)


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2022年5月24日 (火)

【学長からのメッセージ2022.5】「まあ、いいか」について(モノの編)

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星美学園短期大学

 学長 阿部健一


 自分が大切にしていたモノが、自分のミスで、壊れたり、傷付いたりしたとき、みなさんは、どんな気持ちになりますか。あるいは、自分が大切にしていたモノが、他人のミスで、壊れたり、傷付いたりしたとき、みなさんは、どんな気持ちになりますか。

「しかたない。まあ、いいか」と即座に諦めることができますか。それとも、「なんでだ?なんでなんだ?」と、しばらくは、自分を責めたり、他人を責めたりしながら、悶々としたときを過ごしますか。でも、だからといって、さすがに、一生涯、悶々とし続ける人は、いないと思います。人間、いつかは、諦める時が来ます。そうであれば、早く諦めるのが、得策ではないでしょうか。

私の母の口癖は、「形あるものは、壊れる」です(まだ存命なので現在形です)。それは、母の母の口癖だったそうです。私もその流れを受け継いでいるようで、モノが壊れたり壊されたりしたときには、その言葉が自然に口をついて出てきます。

「形あるものは、壊れる」、この言葉は、モノが壊れたという現象は誰のせいでもなく、モノであることの「定め」が今ここに顕れたに過ぎないということを意味しています。

自分が大切にしていたモノが壊れて、苦しむのは、自分の欲からモノを見ているからで、そこから離脱して、「モノの定め」という本質に心を向けるなら、壊れたことは、寂しく、悲しくはあるけれど、なんら特別なことではなく、自然なこと、当たり前のこととして受け入れられるのではないでしょうか。


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2022年4月 9日 (土)

【学長からのメッセージ2022.4】幸せを感じるときは、どんなとき

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星美学園短期大学 学長 阿部健一


 少し前の話ですが、「幸せを感じるときは、どんなときですか?」という質問を受けました。一瞬答えに窮しましたが、自然に出てきた答えは、「問題が解決したときです。」でした。自分ながら、「なんという消極的な幸せだろうと」と思ってしまいました。これでは、まるで、押し寄せる問題の波間にアップアップし、何とか、波と波の間に息継ぎができたときが「幸せ」と言っているようなものではありませんか。

  子どもの頃は、違ってました。日常が、一点の曇りもなく、ただ「幸せ」でした。夜、寝るときは、早く明日にならないかなと、わくわくしていました。

 大人は悲しいです。そうはいきません。日常が「問題」です。「問題の波間で息継ぎができたときが幸せ」となってしまうのも、やむを得ないと思いますし、大人の幸せとは、そういう幸せでよいのではないかと思います。

 しかし、もし、解決は無理という問題にぶつかったら、どうしましょうか?

「解決できた幸せ」は、不可能です。

 私も、何回か、そのような問題にぶつかりました。

 私の場合は、神様に委ねることにしています。

「これは、私には無理ですので、神様にお任せします。そのかわり、あなたが出した答えを、無条件に受け入れます。」

 このやり方で、不思議なことに、自分の力では無理と思われた問題が、意外にも、あっけなく解決していきました。

「天におられるあなた方の父が、ご自分に求める者に、善いものを与えてくださらないことがあるだろうか。」(マタイによる福音7・11)


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2022年3月 9日 (水)

【学長からのメッセージ2022.3】終わりのときがある希望

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星美学園短期大学 学長 阿部健一


「はーるよこい、はーやくこい」・・・雪国の冬は、とてもとても長いです。

いつかは、きっと春が来るという希望を失わずに、じっと耐えます。

春の気配を感じたときの悦びは、それだけに、ひとしおです。この悦びは、雪国の長い冬を経験した人でないと、きっと、本当には、わからないと思います。

雪国の冬は、あらゆるものがひっそりと静まりかえる「静」の世界です。人の声も、無響室のように雪の中に吸いこまれます。

長い「静」の世界にも、終わりのときが来ます。

世界が鼓動を打ち始めます。

雪解け水の、絶え間ないおしゃべりが聞こえます。

春霞の空に、うなり凧のハミングが聞こえます。

やさしい春の風にのって「長持唄」が聞こえます。

 

神様は、どんなものにも、例外なく、終わりのときを用意してくださいました。

楽しい季節が終わり、辛い季節が訪れても、それもまた、必ず終わりのときを迎えます。

私たちが、いつも希望を失わないでいられるのは、神様のおかげだと思います。


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