【学長からのメッセージ2024.10】「包まれているということ」
星美学園短期大学 学長 阿部健一
「包まれているということ」
どこで読んだのかは、すっかり忘れてしまいましたが、人間にとって、“包まれている”という感覚を持つことは、とても大事なことであるという意味の文を読んだことがあります。
私の父は、晩年、認知症になり、自身の妻(すなわち私の母)に対して「どちらからおいでですか?」と言ったり、「私は、結婚したことがないんですよね」と言ったりしていました。息子である私については、当然息子という認識はなく(なにしろ結婚したことがないのですから)、“どこかの親切な人”という認識でした。
そんな晩年の父が、音声自動再生のように、繰り返し、繰り返し語っていたのが、自身の母(私からすると、あのやまゆりを飾ってくれた祖母)のことでした。内容は、たいてい、どぶろくを密造していた話でした。そして、私に言うのです。「あんたも、一度、うちのお袋のどぶろくを飲んでみるといいよ」
父の中では、お袋が、秋田の実家に、リアルに生きているのです。いくら、私が「もう死んで、いないんだよ」と理を尽くして説明しても、馬耳東風でした。父の「お袋に会いたい」という思いを、私は、その都度、はぐらかすしかありませんでした。
「認知症になると、一番よかった時代に還る」と誰かに聞いたことがあります。
父は、農家の三男坊で、高等小学校を出してもらうと、家を出て就職しました。そして、長い長い人生を歩んできました。そして、最後に歩んでいこうとした場所は、母の愛に包まれた場所でした。
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