【学長からのメッセージ2026.4】人は、思い悩まない(その1)

星美学園短期大学 学長 阿部健一
人は、思い悩まない(その1)
私が初めて聖書の福音書を読んだとき、「思い悩むな」というイエスの言葉にとても気持ちが楽になったのを覚えています。
(マタイによる福音書6章25-34節、ルカによる福音書12章22-32節)
しかし、現実を見ると、イエスの「思い悩むな」という言葉とは裏腹に、常に思い悩みの内に生きているのが私たちの姿のように思えます。
しかし、それでも、イエスが「思い悩むな」と語る以上、「思い悩まない」姿こそが、私たちの、あるべき、本来の姿のはずであろうと私は思います。
このことについては、3回シリーズくらいで考えてみたいと思いますが、今回は、まず、人は、なぜ思い悩むのかについて、仏教の教えを借りながら考えてみたいと思います。
仏教では、苦しみの根源となるものを3つ上げています。貪欲(とんよく) 、瞋恚(しんに)、愚痴(ぐち)で、「三毒」と言います。
(1)貪欲(とんよく)
欲望・煩悩です。欲望が苦しみの源であるということです。しばらく前のことですが、ある若い起業家が「人生の目標は、欲望を満たすことだ」と語っていました。ご本人は、それこそが幸せに生きることだと信じていらっしゃるようでしたが、私には、欲望の泥沼に喘いでいる姿しか浮かんできませんでした。
(2)瞋恚(しんに)
怒り・憎しみです。この世界を眺めれば、これが、私たちの思い悩みの原因となっていることは、了解できると思います。怒り・憎しみは、相手を苦しめるのではなく、自分を苦しめるものです。
(3)愚痴(ぐち)
愚かさ・浅はかさ・知恵の欠落です。これが、思い悩みをもたらす最大の原因だと思います。人間は、全知全能ではありませんから、先が見通せなかったり、正しい分別ができなかったり、判断を誤ったり、間違った選択をしてしまうことがあります。つまり、人間が考えること、人間の知恵には、限界があるということです。この限界が、結果的に、さまざまな思い悩みを生み出すことになります。
このように、貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)という「心の弱さ」と愚痴(ぐち)という「能力の限界」を抱えた人間が、ひとり、自分の力にたよりながら、自分なりによかれと思う人生を取り仕切ろうとしているわけですから、当然、そこには、さまざまな思い悩みが生まれてくることになります。
今は亡き、ある超大物俳優が、ずばり「生きるということは、地獄だと思います」と語っていました。言い方は、極端ですが、人間の弱さ・限界から生まれる、ある意味での真実かもしれません。
しかし、神さまは、私たちを、わざわざ思い悩ませるために「ご自分にかたどって人を創造された」(創世記第1章27節)のでしょうか?また、人に「命の息を吹き入れられた」(創世記第2章7節)のでしょうか?
そんなはずはありません。
私たち人間は、本来的に、思い悩みとは無縁に、快活さ、朗らかさ、喜びの内に生きるように創造されたはずです。
それは、アシジの聖フランシスコをはじめ、聖人たちの生き方を見れば明らかだと思います。
イエスは、思い悩まずに、「ただ、神の国を求めなさい」と語りました。次回は、この点について考えてみたいと思います。
(つづく)
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