【学長からのメッセージ2026.10】あの日の夕焼け

星美学園短期大学 学長 阿部健一
あの日の夕焼け
幼児用の自転車にまたがって、友達に遅れまいと必死に足をフル回転させている息子の姿を見て、自転車を買ってあげたいと思いました。でも、当時の私には余裕がなくて、「よし、今すぐに買いに行くぞ」というわけにはいきませんでした。
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私は、毎日、新聞チラシをチェックしました。そして、見つけたのです。車で40分のホームセンターの、期間限定の格安自転車でした。写真も載っていました。
私は、息子にチラシを見せて、「今の自転車は、もう小さいから、大きいのに変えた方がいいと思うのだけど、この自転車はどうかな?」とききました。息子は、「本当にいいの?」と顔を輝かせました。が、残念ながら、一瞬でした。
息子の視線は、すぐに他の自転車の写真に移ってしまったのです。私は、視線を遮るように、「この自転車なんだけど、どうかな?」と、息子にききました。
息子は、「うん、いいよ」と答えてくれましたが、「うん、いいよ」の後に追加された「それでも・・・」という無言の言葉が、私には、聞こえました。
「本当は、別の自転車の方がいいけど、それを言ったらお父さんを困らせるだけだから・・・お父さんが決めたそれでもいいよ」
息子は、そう思ったのだと思います。
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ホームセンターで格安自転車を見ましたが、すぐに息子の視線は、他の自転車に移ってしまいました。気に入った自転車を見つけたようで、四方八方から眺め、あちこち触ったりしています。
私は、息子に悟られないように値札を確認しました。分不相応な値段でしたが、無理ではありませんでした。
私は、その自転車を買う覚悟をしました。
息子に、その自転車がほしいか確認すると、予想通り、「ほしい、ほしい」と、うれしさ一杯の顔になったのでした・・・その時は・・・。
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助手席の息子は、ずっと黙り込んでいました。景色を見つめながら、ずっと考え込んでいるのです。私には、その心がわかりました。
彼は、自分がほしいと言った自転車を買ってもらったことに後悔しているのです。私(父)のことを考えてです。
「心配しなくて、大丈夫だから。」
私には、そんな軽い慰めの言葉を、思い詰めている息子にかけることは、できませんでした。
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私も、黙り込み、考え込んでいました。
「チラシなんか見せずに、初めから息子と一緒に自転車を探しに行けばよかったんだ。何で、値段なんかで、自転車を息子に押しつけたんだ。」
車の中の二人は、それぞれの「苦い思い」を胸に、黙り込んでいました。
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この出来事は、私の大好きな「思い出」です。なぜそうなのか、よくわかりません。
思い出の中に、未熟すぎた父親である私の姿が、愛おしく蘇るからなのかもしれません。
あるいは、あの時の、息子と私の心が重なるような「深い喜び」が思い出されるからなのかもしれません。
あるいは、「思い詰める」二人を優しく包んでくれた、美しく輝く、あの日の夕日が思い出されるからなのかもしれません。
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